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お田植まつり
( おたうえまつり )
昭和3年の昭和天皇即位式に続いて行われる大嘗祭に供える米を作る田(悠紀斎田・ゆきさいでん)に野洲郡三上村(現在の野洲市三上)」の大田主粂川春治氏が選ばれました。お田植まつりは、これを記念して毎年5月の第4日曜日に行われるもので、昔ながらのすげ笠(かさ)、緋(ひ)ばかま、手甲(てっこう)、脚絆(きゃはん)姿で数え歌や太鼓に合わせて、踊りと苗植えを奉仕します。
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銅鐸博物館・弥生の森歴史公園
( どうたくはくぶつかん・やよいのもりれきしこうえん )
日本古代史の謎とされる「銅鐸」のルーツを探り、その真相解明にせまった博物館です。館内は、銅鐸の誕生から移り変わりまでについて興味深く説明しています。 また、隣接する「弥生の森歴史公園」には、竪穴住居や高床倉庫、赤米を栽培する水田などが復元され、つかの間のタイムスリップを感じることができます。
兵主大社
( ひょうずたいしゃ )
奈良時代(718年)に創建されたといわれ祭神は八千矛之神。この神は大津市の日吉大社から亀に乗って琵琶湖を渡り、鹿に乗って神社に来られたといわれています。境内の鳥居と楼門は足利尊氏が寄進したといわれ数々の社宝が残っています。また、社殿南側に広がる庭園は平安時代のもので、回遊式で苔や紅葉などが大変美しく国の名勝に指定されています。2018年『国指定の名勝庭園及び八ヶ崎神事』が日本遺産に認定されました。
錦織寺
( きんしょくじ )
真宗木辺派の本山。真宗には珍しく、増高146cmの毘沙門天立像がある。858年に比叡山3代座主円仁によって、安置するお堂が建てられたのが始まり。鎌倉時代に浄土真宗開祖親鸞が立ち寄った事を縁に浄土真宗となる。名前の由来は四条天皇に錦を献上した同年に『天神護法錦織之寺』の勅額を頂いたところから「錦織寺」と名づけられた。
円光寺
( えんこうじ )
一見神社に見えるような寺で、正式には歓喜山長福院円光寺と呼ばれ、江戸時代に観音菩薩を本尊とする長福院と、阿弥陀如来(国指定重要文化財)を本尊とする円光坊が併合されて再興されました。本堂は、流造りのような形をした寺としては珍しい切妻造りの屋根で、全体に簡素な造りとなっています。境内にある九重石層塔は鎌倉時代の作で国指定の重要文化財となっています。
大笹原神社
( おおささはらじんじゃ )
本殿は国宝で、室町時代に建築されたものです。外部に施された彫刻がみごとで、当時の東山建築文化の粋を極めています。また、この地域は、良質のもち米が穫れることから、鏡餅の元祖をまつった「餅の宮」が境内に建てられています。(本殿に向かって左側の建物)
妓王寺
( ぎおうじ )
★偉大な女性「妓王」に感謝する寺★ 妓王寺は、「平家物語」で知られる妓王・妓女姉妹と母の刀自、佛御前の菩提を弔うために建てられた寺です。寺内には、4体の像が安置されています。 平清盛から寵愛を受けた白拍子の妓王は、干ばつで苦しむ故郷の村人を救うために、清盛に願い出て野洲川から琵琶湖まで延長約12キロの水路を掘ってもらいました。この水路のおかげで田畑は潤い、村人たちは妓王に感謝しその水路を「祇王井川」と名づけました。
北村季吟句碑
( きたむらきぎんくひ )
「祗王井に とけてや民も やすごおり」 北村季吟は野洲市で生まれた江戸時代の国文学者です。徒然草などの古典の注釈を手がけたほか、詩人としても有名で、松尾芭蕉の師匠として知られています。66歳で徳川幕府の歌学方に任命され、82歳で生涯を閉じましたが、毎年、命日の6月第2土曜日には、北村季吟顕彰俳句会が北村季吟句碑前で行われています。